東京ジャジー・ジャズ


 東京から数多くのジャズ喫茶が消えて久しい。ZENはかつて吉祥寺南口徒歩1分の『A&F』に入り浸っていた。新譜をかける珍しいジャズ喫茶で(ジャズ喫茶は、マスターのお気に入りとか客の好みの曲しかかけないことが多い中、特異なポジションを持っていた)会社帰りに最低、週2回は通っていたが、今はもう存在しない。マスターの大西さんと奥さんには大変かわいがってもらった。常連客の中には、慶応大学の名誉教授だったジャズ好きの鍵谷幸信さんがいた。鍵谷先生は、ZENが傾倒していた詩人、西脇順三郎の一番弟子だった。『A&F』のあった場所は現在、若者向けのカフェ・レストランになっている。

 残っているジャズ喫茶(というかジャズ・バー)ももちろんある。絶滅したわけではない。現存する東京の有名店のマスターは、ジャズに対する造詣を生かして、講演とか書籍出版などをして別収入も得ている。四谷の『いーぐる』の後藤さんもその一人だ。最新の著作として、『増補改訂版 ジャズ完全入門!』(宝島社新書)がある。ZENは後藤さんからサインしてもらったが、著書の中に名言が散りばめられている。一つ引用したい。「ジャズマンは、”曲”を演奏しているのではなく、単に”演奏”を聴かせている」

 ジャズは、クラシックのように、作曲者が意図する曲を再現するのが目的なのではなく、曲は演奏者が個性的な演奏を聴かせるための手段だということ。つまり、マニュアルはない。全編が応用ということだ。徹頭徹尾、個性的であることを求められるのがジャズだ。人生そのものではないか。誰も明日がわからないが、過去に習い覚えた曲(処世)で、おのおのがおのおのの置かれた環境の中で、おのおのの個性や能力に従って、乗り切っていく。だからジャズを聴くということは、自分そのものに直接響いてくる妙味がある。また、そのような聴き方をしないのならば、ジャズを聴く意味もあまりないだろう。

 余談だが、最近、直木賞を受賞した森絵都と朝日新聞社のカメラマン鈴木好之を『いーぐる』に連れて行ったことがある。もう17年も前のことだ。何を話したのかはもう忘れてしまったが、懐かしく思い出される。そのときも今も『いーぐる』後藤さんは変わっていない。

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