美将棋


 文京区本郷に将棋専門の出版会社「淺川書房」があります。代表の淺川浩さんは、かつては河出書房新社の編集者でした。編集者は縁の下の力持ちで、著者の影に隠れていますから、仕事が評価される”編集者芥川賞”のようなものはありませんが、彼はチェスのレッスン本を将棋の指南書に応用した優れたテキストを河出時代に出版されておられる。その他、将棋に対する愛を感じるさまざまな本を出されています。プロ棋士との親交も多く、将棋界を深く知る一人です。ZENは今後とも、淺川書房の出版物に注目していきたいと思います。「最前線物語」は秀逸なシリーズです。

 ZENは道場では三段で指していますが、この程度の将棋の力というのは、プロにしてみれば全くヒヨコにすぎません。将棋を知らない方は”へー、有段者ですか。すごいですね”などと言ってくださることがありますが、本人にしては何の自慢にもなりません。三段とは単に四段よりも将棋の読みが弱いことを客観的に表しているにすぎないからです。それほど将棋は(囲碁も全く同じだと思いますが)奥行きがあるゲームで、やればやるほど謙虚にならざるをえません。

 以前、雑誌「風餐」上に”美将棋”という題名の将棋ノベルが掲載されました。将棋の手順に沿って話が進行していく形式です。保守的な読者にとっては冒涜的かもしれません。欧米のノベルではさほど珍しくはありません。作者は”美将棋”という奇体な用語を創案し、あたかも将棋の実体の中に、”美”が存在するかのような幻想を展開します。

 将棋の実際は、”正しい手”か”正しくない手”か”より正しい手”か”より正しくない手”の四つしかありません。正しい手を指し続けることがプロ棋士の目的・存在理由です。勝負に勝つことは収入に直結しますが、目的と矛盾しません。

 美将棋とは、将棋を正しい、正しくないだけでは決まらない次元で捉えたものです。それが風餐の掲載理由らしい。

 
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