チケット料金=前売4,000円





 

楽座風餐 第12回  竜馬の妻とその夫と愛人 2012年10月21日

観劇者  林 日出民   府川 雅明


佐藤B作さん

  劇団が長く続いている理由がよくわかりました。台本も演技も効果もすべて文句なく面白い。2時間の芝居と言うと、どこかに穴が見つかるものですが、それが見当たらない。2度目の再演で舞台がよく練られているということもあるのでしょうが、それにしても佐藤B作さんの真剣な演技による貢献が大きい。舞台上に佐藤さんのパワーが充満するなかで、その真摯さを不意にズラすことで生まれる空隙に笑いを生み出す技術に感心しました。

これはピン芸人のその場しのぎの受けをねらった笑いとは全くレベルが違います。途中、綾田さんのアドリブに過剰反応して素に戻る場面があったが、全く気にならなかった。

府川  見終った今、舞台のまじかで見ていたこともあって、佐藤B作さんの圧倒的なパワーに疲れ切って言葉も出ません。これは舞台が低調でストレスを蓄積して疲労するのとは全く逆です。終始一貫して落ちることのないテンションに全身を持って行かれた末の充実した疲労感です。

強調したいことは、佐藤さんは、一見して決して個性的な風貌や声の持ち主ではなく、むしろ、背広を着れば俳優というよりも会社の経営者に見えることです。しかし、舞台上での演技の集中度が抜群で、強い存在感を放散して、周囲を自分の世界に引き込んでいく。外見の資質で勝負できない役者は多いと思いますが、そうした人たちの鑑になる役者だと僕は思う。


綾田俊樹さん

府川  綾田さんは、もともと良家の出で、没落してすっかりうらびれた生活をしているという松兵衛の役柄イメージがぴったりで、ベスト・キャスティングだと思いました。女房を寝取った男との談判という人生の大事に、『お時間大丈夫ですか?早目に切り上げます。』と切り出す松兵衛の気の弱さというのは、育ちの良さを象徴していました。

相手の時間を斟酌するというこの行為を裏読みすると、松兵衛は現代日本人の病理のメタファーとも取れました。腹を割って自分の一大事を話すときに、時間の多寡など問題ではないはずなのに、時間を意識してしまうのは、幼いころから、塾や習い事やらで時間管理されて育った人間のなれの果てという感じがした。自分が生きている時間のダイナミックな使い方を知らない。それを知っていたのが坂本龍馬でしょうね。

マッチ箱のラベルはりを一日千箱やって、たったの四銭にしかならず、子供のおこづかいにも満たない貧乏な生活者という設定ですが、仕事があるだけましなのかもしれないと思いましたね。今はそういう作業は機械が全部やってしまうから、仕事として成立しようがない。当時は何事も不便だったんだろうが、逆説的にいえば、幸せな時代だったんです。


あめくみちこさん

  あめくさんはいい味を出していました。おりょうはびっくりするほどいい匂いがする女だという松兵衛ののろけ話を聞いた覚兵衛が、酔っぱらって寝ころんでいるおりょうの匂いを嗅ぐところがありますね。まったくそれが素直に信じられる、私も嗅いでみたいと思いました。そんなおりょうを松兵衛が数えきれないくらい抱いていると言い、覚兵衛が悔しがるという設定は、実生活では実はまったく逆であるという二重映しを観客は楽しんでいたと思うし、そもそも自分の女房と一緒にこんな芝居をやるなんて役者というものは呆れて頭がさがりますね。

府川  あめくさんはおりょうの気の強さを無理なく演じられていたと思います。動物でいえば猫であり、男三人は忠犬。今日の芝居は犬猫話とも取れる。が、気になるところがあった。長いセリフになると、言葉の強弱や高低のリズムの乗りが悪い感じがする。もっと改良の余地があるのではないか。まだまだ、おりょうはブラッシュアップできる役柄だと思うし、やりがいも大きいはずです。次回の再演が待ち遠しいですね。

  あめくさんといえば『ひょうきん族』の薬師丸ひろ子のものまねが懐かしい。それが月日を経てずいぶん化けた。猫又です。


佐渡稔さん

府川  佐渡さん演じる竜馬フリークという人物は、どの時代にもいたんだろうなあと思わせましたね。

  英雄へのあやかり譚は決して新しい話ではないでしょう。実際、今の政治家だって、内心坂本竜馬とか田中角栄とかになりきっている人がいるでしょう。人間は誰か目指す他者になりきることで力を発揮していく。全く素のままで人生を始めることはなくて、例えば、ロックバンドなども、最初はコピーバンドから出発して、コピーするうちに本物の個性が出てきたりする。今日の芝居では、本物の竜馬になり切れないところでずっこけるところに人間の可笑しさ、せつなさが滲み出ていた。

府川  坂本竜馬はわが国の維新期における偉人の一人として、今でも多くの日本人から無条件の尊敬を享けていますが、国外からの客観的な視点からすれば、当時の近代文明を推進した大人の欧米列強にとって、日本は子供のようなものであって、坂本竜馬のような存在は、彼らにとって利用価値のある駒の一つにすぎなかったことは容易に想像できます。

それでもなお、竜馬には平和ボケの我々を引きつける魅力がある。それは“万事に肚を決める”という生きざまですね。特に今日の政治家に決定的に欠落しているところだと思う。国民の代表である政治家の肚が決まらないから、右へ倣えで国民の肚も決まらない。竜馬もおりょうも、お互いに肚の決まった関係で、惹かれあったのでしょう。


脚本について

  最初から最後まで裏長屋という不動の狭い空間が舞台で、登場人物も少ないですから、必然的に会話が濃密になってくる。そこへ竜馬が絡む話となれば、観客の間でも承知の竜馬像に乗っかって、例えば“日本近代化に大きな足跡を残した人物”としてのエピソードをおりおりにはさみこんで観客の道徳観やヒューマニズムを喚起させ、物語に奥行や権威づけといった余分なオブラートをくるみたくなる誘惑が常にあるはずです。しかし、今日の芝居では、それを禁欲的に封じ込めて、あくまで裏長屋で起こった話としてコメディーを完結させている。
 笑いとは、まさに観客が見ている目の前で起こり、目の前で終わることにすぎないという潔い姿勢に徹している。それが爽やかな印象を与える。例えば、二つに切り落としたセミの体半分を覚兵衛が必死になって探すシーンがありますね。あの馬鹿馬鹿しさ。また、客人に床下を見せて、『暗闇で目が光っている。何だかわからないけど昔からなんですよ。』と自慢する。この突拍子もないナンセンスさには、しかし、妙なリアリティーがある。

府川  あれは見事だと思う。室内劇で登場人物が少ないとなると、会話が煮詰まって退屈になりがちになるのを、巧妙にかわしている。

作者が基本的に竜馬に対するリスペクトやオマージュがあるからこそのコメディーなんだと感じた。竜馬が嫌いで、いかにして面白おかしくこき下ろそうとかというベクトルとは真逆で、あまりにも惚れているために反動で悪口を言ってしまうような心理が作者にあるのではないか。

  歴史小説も多くは、いうなれば未来の人間の勝手な解釈、脚本ですが、それにしても犬のしびれ薬とはよくできたプロットです。恋敵との決闘に使うということ、ここぞの見せ場で、自分が間違ってなめてしまって舌がもつれること、最後の最後に、実は竜馬の暗殺と深い関係があるという種明かし など三段活用している。よくできているなあ。

府川  浮気性で自堕落で男好きとみられるおりょうに、『私は竜馬の妻です。あの人以外に愛せない。』って啖呵を切らせますね。自分が愛するのは坂本竜馬だけの一途な女であることを最後に告白する。そして、その一言に覚兵衛が得心するという極めて素朴な人間造形です。オタク的なこだわりが随所に散りばめられているけれども、脚本の土台はオーソドックスそのものです。観劇後の爽快感はこの筋立てにあるんでしょう。


千葉和臣さん、園田容子さん

  音楽については、BGMでも処理できるところを生のギター、アコーディオンを入れた。楽器を入れるならこれしかないだろうなあという選定だと思います。

府川  最初に舞台の両側に分かれた二人の生演奏から劇が始まりますね。これはある意味で、後に続く劇の色調を決定づけるものです。演出としては勇気が要ると思う。

アコーディオンというのは郷愁や滑稽味を出す、演劇に向く楽器なんだと発見しました。園田さんが作曲された決闘シーン直前に入る西部劇調の音楽とか、千葉さんが作曲された男三人がおりょうへの恋心を告白する場面に入るしみじみとした曲とかは、通常の演劇における音楽の脇役的役回りを超えて、役者の演技と同等の舞台表現になっている。演者と演奏者の間のオリジナルの表現の緊張感の相乗効果によって、芝居の水準をさらに押し上げている。演出のねらいは成功でしょう。


楽座価格について

府川 今回は7,000円です。

  そうですか。最後にひとつ言わせてください。テレビによく出る有名な役者でございますという売出しの芝居で8,000円も9,000円もせしめるものがよくある中で、今回のこれだけのレベルの芝居が4,000円なのは革命的です。なぜならこれが4,000円なら、素人に毛が生えたような凡百の劇団の芝居は必然1,000円代がいいところだし、それがいやなら上達しろと脅迫していい資格がある。芝居のレベルと価値と価格の相関関係を再考させ、ダイコン役者の尻をたたく。これらを平和裡に、ただ自分の世界を見せることだけをもってして行う佐藤B作さんに脱帽です。ダイコン芝居が値を下げないならこちらを上げるしかない。私は6,000円です。本当はもっと上げたいが、これを8,000円にしてしまうとB作さんの革命が革命でなくなってしまうのでこのへんで。


楽座価格=6,500円